「仕事辞めたい。。」を「仕事辞めよう!」に。

仕事辞めさせ屋のエッセー。『嫌な仕事』は辞められるし、『好きなこと』は始めればいいよね!

『常識』に嫌われない生き方は、無難なようでいて、実は一番『じぶん』を遠ざけている。

『嫌われる』ということは、できれば避けたい事柄ですよね。

 

でも、みんなに嫌われないように生きようとすると、じぶんを出せず、同調して、ガマンして、愛想笑いすることになってしまいます。

みんなに嫌われたくないという想いは、別の言い方だと、常識に嫌われたくないということです。

常識的に考えて、変だと思うことは、周りのみんなにも変だと思われると思ってしまうからです。


そう思う人は「そんなのは常識だ!」と言う言葉が怖くないですか?

 

 

ところで、『変』というのは許されないことなんでしょうか?

『変』に思われるのが怖い、居心地が悪い、と思ってしまうのはなぜでしょう??

 

普通から外れたら、大変なことになる?

 

見えない何かが同調圧力となって、そこから抜け出せないのかもしれませんね。

 


この『変』というのが、褒め言葉だと思う人もいます。

『変』は個性だと思う人は、『変』なことに偏見はありません。

 

『変』でもいいんじゃないですかねー?

 

みんな同じほうが逆に『変』じゃないですか?

 

みんな対等な存在ですが、みんなが同じことをしなければいけないということはないと思うのです。

 

常識の檻の中に居れば窮屈です。

その檻の締め付けがどんどん強くなっています。

 

『じぶん』はそこが居心地いいですか?

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居心地が良ければ何の問題もありません。

 

「いや、もうこの領域から抜け出したいなぁ」と思う人は、じぶんで常識を打ち破りましょう。

 

嫌われる勇気を。


アドラー心理学は常識へのアンチテーゼです。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

アドラー心理学は、

行動面の目標として、

『自立すること』

『社会と調和して暮らせること』

 

心理面の目標として、

『私には能力がある、という意識』

『人々は私の仲間である、という意識』

を掲げています。

特に変なことは言ってませんね。

 

でも、その前に方向性を決めましょう。

『調和』を目指すのか、『対立』『支配』を目指すのか。

アドラー心理学は 『調和』を目指す心理学です。

だから、『対立』『支配』を目指す人には向いていません。

 

さぁ、どちらを選びますか?



じぶんが生まれてきたのは、ずっとガマンして、安定という蜃気楼を追いかけるためでしょうか?

来世?のために今世はガマンするフェーズなのでしょうか?

そう思い込んでいれば、その現実を体験します。

それは誰にも止められません。

思い込みを外して、変えることができるのはじぶんだけですよ! 

 

【参考】

wotopi.jp

 

hetakichi.hatenablog.com

 

xn--t8jgai4c6a4a3c8kzh.jp